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青いバス停Ⅱ

There have been buses for more than 90 years in Otsu City. 「専攻?」である大津営業所管内の京阪バスの歴史を主体とした交通関係の記事をはじめ、雑記を記しております。
いよいよ錦帯橋です。
日本三名橋(他は東京の日本橋、長崎の眼鏡橋 山崎橋、宇治橋や瀬田の唐橋を三名橋とすることもある)の1つで、確かにそういわれるだけの美しさと特徴的な外観です。

↓数多の人々が撮影したであろうアングルですが、自分でも撮らずにいられない風情です。

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1950(昭和25)年9月のキジア台風で崩壊した時以外、実に276年間もそのままの姿を保っていたのはまさに奇跡です。

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江戸期は武士や特に許された商人以外は渡ることが許されていなかったそうです。
現在はもちろん、誰でも渡ることができますが、1966(昭和41)年からは入橋料が必要で、現在は大人1名往復310円(片道なし)、他にロープウェーや岩国城とのセット券などがあります。
原則として8時から17時の間はたもとのブースにいる係員に料金を払いますが、いない時間帯は料金箱に料金を入れる仕組みのようです。

橋の向こう、お城や吉香公園などがある西側は、一般に「山側」と言われているようですが、当然そちらにも町側ほどではありませんが民家がそれなりにあります。錦帯橋の上流と下流とそれぞれに別の橋があるので、普段の生活の中ではそちらが利用されているのだと思います。

↓橋の向こうには印象的な木が見えます。

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針葉樹のようですが紅葉しています。カラマツはもっと黄色くて、普通は寒い土地で生育するものなのでメタセコイアでしょうか?

橋はご覧の通り弧のてっぺんはならされた形で打たれていますが、傾斜がついているところは段になっていて、特に下るときは段差があるということが分かりにくく、何とも言えず歩きにくいです。

なぜか橋の反対側のたもとから撮った写真はこれしかありませんでした。というかこれは「槍倒し松」の写真ですね。

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これは、参勤交代の大名行列が藩の要所を通る際、礼儀として槍を倒すというのが当時の習慣だったそうなのですが、僅か6万石の岩国藩では誰もそのようなことをしなかったそうで、威厳を示すため枝ぶりの良い松を植えたところ皆が槍を倒すようになった、ということに由来するそうです。ただ、特に記録があるわけではなくあくまでも伝承です。また、今もそれほど大きいとは言えないので、200年、300年前はもっと小さかったのでしょうし、それほど威厳を見せられたのかもわかりません。


↓橋を渡る前から目立っていた紅葉する針葉樹の根元まで来ました。メタセコイアでしょうか。

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時間があまりなかったので、岩国城までは上がらず、白ヘビの館へ。
  
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このブログでことあるごとに書いている通り、超のつく文系人間ですが、良し悪しはともかく日本史はよく分からないため続け字で読めもしないような、誰のものかもわからない古文書ばかりの歴史資料館よりは割と自然科学系の施設の方が好きだったりします。
でも虫の博物館だったら行かないだろうな。爬虫類は割と平気です。

↓うわ、小さい、かわいい…!

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↓白ヘビたち

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ケンカをしたりしないのか不思議ですが、エサが十分にあって温かい環境でストレスがなければそれほど問題はないのでしょうか。

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行ったのは開館から間もない朝でしたが、どういうサイクルで生活しているのかよく分かりません。丸くなってほとんど動かないものもいれば、活発に動き回っているものもいました。

↓この掲示にもある通り、シロヘビという種類のヘビがいるわけではなく、実は単なるアオダイショウです。

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人間も含め、どんな動物にもたいていアルビノ(白化型個体)はあるものですが、岩国市近辺だけはなぜかアオダイショウの白化型個体が特別に多いことで昔から有名です。

次回以降は西岩国駅方面へと移動します。
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