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青いバス停Ⅱ

There have been buses for more than 90 years in Otsu City. 「専攻?」である大津営業所管内の京阪バスの歴史を主体とした交通関係の記事をはじめ、雑記を記しております。
前回の続きです。

↓車両表

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トヨタ箱型 どんなバスだったのでしょう。座席は18人掛けと書かれています。

↓運行系統表
[堅田仰木線の歴史③]の続きを読む
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堅田仰木線の続きです。

↓道路管理者の意見

IMG_1165.jpg

↓誰だ…稀に見る読みにくい字です。
[堅田仰木線の歴史②]の続きを読む
今回から暫く、江若交通堅田仰木線を取り上げます。

残念なことに、今年4月1日付で廃止(3月31日が最終運行日)となってしまいました。何を取り上げようかと資料を物色していた時に、国立公文書館で撮影した免許申請書の写真があったので、これと、廃止前に撮影した同線にかかわる写真を取り上げたいと思います。

↓2012(平成24)年9月8日付拙稿江若バス 仰木線開通60周年でも取り上げた、1952(昭和27)年9月7日付滋賀新聞

S27.9.7S 堅田‐仰木間にバスb

開通初日は無料バスを多数運転、役場で祝賀式、と書かれています。
役場は今の仰木市民センターの位置にあったのでしょうか。

↓江若鉄道株式会社申請の一般乗合旅客自動車運送事業経営(延長)免許について
[堅田仰木線の歴史①]の続きを読む
琵琶湖線といえば、もはやJRの愛称というのが常識ですが、国鉄バスにもかつて「琵琶湖線」というのがあったようです。

↓今からちょうど60年前、1961(昭和36)年4月28日付京都新聞第一滋賀版

S36.4.28K1S 米原今津間国鉄・近江相互乗り入れb

運行開始は5月13日からと書かれています。定期券が共通化されていないというのが何とももどかしいです。乗車券なんて一緒になっていても、結局現金と同じですね。この当時は、鉄道+バスの連絡乗車券が今よりずっと当たり前に売られていたはずなので、極端な話、東京から米原経由国鉄バス今津まで、という乗車券でも近江鉄道バスに乗れる、とかそういうメリットくらいですね。

「今津から米原までは大津経由と比べて運賃で135円安くなり、約1時間短縮される」

今津から米原まで大津経由? そんな無駄に長い動線冗談じゃない!と思いますが、よく考えたら、この時代は湖西線はまだ影も形もありません。びわ湖大橋の開通もまだあと3年待つ必要がありました。
江若鉄道で浜大津に出て、京津線で京都に出るか、バスや徒歩で大津駅まで行き、東海道線に乗る、という考えるだけで疲れるルートが普通だったのでしょう。大阪、神戸、或いは中国、九州など西に向かう時はそれで仕方ありませんが、東に向かう時もいちいち大津駅や京都駅に向かっていたのでは物凄いロスだということは言うまでもありません。

米原駅の存在感が今より大きく、北陸と中京や首都圏を行き来する、といえば米原で乗り換えるというのが常識で、今津からも、湖北を回って少しでも短い距離で中京や首都圏に向かいたいという需要があったのでしょう。

現在は、近江今津発米原行き4841Mという列車が近江今津から米原まで約1時間かけて走っています。反対向きもあったはずですがいつのまにかなくなっていました。2006(平成18)年の直流化工事で新快速が乗り入れるようになって、大幅に利便性が向上したため、逆向きは近江塩津での乗り換えを促す、ということなのでしょう。また、京都の方が新幹線がずっと多く停車するため、今は近江今津から東京に向かう時も、米原経由でなく京都経由の方が速いのかなと思います。



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今回も江若交通の大津市北部路線廃止について取り上げます。

下在地「江若バス史料館」~春の仰木①で取り上げた生津に約10年ぶりに行くと…。

↓何これ?
[江若交通 大津市北部路線廃止② 生津]の続きを読む